僕はこれから、僕が海の日に巻き込まれる羽目になったある事件と、その過程で僕が一方的に知った少女のことについて語ろうと思う。事件といってもニュースで報道されるような出来事があった訳ではない。しかし当事者であるその少女にとっては、まさしく人生が180度転回しまうような重大な事件だった。

僕はといえば、その事件の切欠の端っこくらいには関与していると言えなくもないが、僕の配役を適切に表現するならば、それは運命の瞬間を特等席で目撃したただの目撃者だった。僕が事件に関わろうとしていなければ、今回の事件は別の時、別の形で発生し、誰にも知られること無く収束し、彼女の思い出の一つとして大切に彼女の胸のうちへ仕舞われていたのだろう。彼女もこれ程までに劇的な変化を強いられなかったかもしれない。そういう意味では僕も彼女に対して申し訳なさを感じている。

しかしだからこそ、彼女には語り得ぬ内実を、傍観者だからこそ知りえた事実を、僕だけに見えた真実を、彼女に代わって語りたいと思うのだ。これまでに成功を重ね続け、これからも成功を重ね続けていくであろう彼女にも、こんな葛藤があったのだとみんなにも知って欲しいのだ。

それがこの度、こうして語る場を設けさせてもらった理由である。そう、これはいつも通りの僕のおせっかいなのだ。そんな話は聞き飽きたという方も多いかもしれないが、彼女のためと思ってどうかご清聴願いたい。


事件の当事者たる少女について語る前に、僕がその事件に関わるに至った経緯を説明させてもらいたい。それは事件が起こった海の日のちょうど2週間前の、忍との会話から始まった。


「なあ、お前様よ」
「なんだ。お前が昼間から起きてるなんて珍しいな」
「最近気になったんじゃが、どうして人間たちの間で『吸血鬼は流水が弱点』などというデマが広まっているのか、お前様は理由を知っておるか?」
流水を渡れないというのは吸血鬼の弱点としてニンニクや十字架と並んで有名な話だ。映画で吸血鬼が船に乗れないというシーンを見たことがある。
「ってゆーかデマだったのかそれ」
「当たり前じゃ。仮に本当の話だったら儂はこの国に来られんかったじゃろうに」
「む、確かにそうだな」
もし忍が海を渡ることができなかったならば、四方を海に囲まれたこの国で僕が忍と出会うことも無かっただろう。尤も、こいつのことだ。海を渡ってきた手段だって船や飛行機といった尋常な方法のはずがないだろうが。
「大方グールかゾンビあたりを吸血鬼と勘違いしたのじゃろう。やつらの身体は腐り切っておるから流水に入ろうものなら溶け流されるに違いないのじゃ」
「確かに生者を襲ったりする点は吸血鬼と似てるよな」
「ふん。あのような低級のものどもと高貴な我を一緒にするな、このど阿呆め」
「最初に言い出したのはそっちだろ」
「儂が言う分には構わんのじゃ」
怪異の王というのはとんだ暴君様だったようである。

考えてみると日本の昔話で水に弱い妖怪の話など聞いたことがない。それどころか川や海に住む妖怪は枚挙にいとまがない。昔は水難事故なんかは妖怪のせいにされた訳だし、それだけ水に縁がある国なのだ。

「でもやっぱり海だよな」
「なんじゃ唐突に。水着の美女の姿でも見たくなったのか?このエロ猿め」
「いくら僕が思春期だからって四六時中脳みそがピンク色な訳じゃない。ほら、この国は海という巨大な流水に囲まれているおかげでゾンビの侵攻がなかった訳だろ?今度の海の日にはちゃんと海に感謝を捧げようかと思っていたんだ。茶化さないでくれ」
僕にしては珍しく殊勝な気分になっていたところ、忍はなぜか目を細め怪訝な表情をしてみせた。
「なんだその顔は。僕が真面目なことを考えたらいけないのか」
「そういうことではない。それより今お前様の口にした海の日とは何なのじゃ?」
「なんなのじゃって聞かれても......母なる海の恵みに感謝を捧げる日本独自の祝日ってことくらいしか知らないぞ。詳しい話が知りたければ羽川にでも電話してみようか?」
「日本独自......成る程、儂が知らんのも当然じゃな。最近感じていた海の気の異様な高まりはそれが原因じゃったか」
「僕にはよく分からないが、海の気とやらが高まるとまずいことでもあるのか?」
「そういう訳ではない。正確には気すなわちエネルギーが高まるだけなら問題ではない。ちょうどあの神社と同じ話じゃ」
忍が言うのは北白蛇神社のことだろう。あの神社周辺は地形的に霊的なエネルギーが溜まりやすいという性質があるため、悪影響を及ぼさないためのお札を貼りに行ったのは記憶に新しい。
「と言うことはだ。例えばの話だがそのエネルギーを悪用しようとする人がいたらまずいんじゃないのか?」
「そうかもしれぬが、まず不可能じゃろう。気が高まると言っても、気は広大な海に薄く広がっているのじゃ。海上のどこかに海を象徴する儀式場でも用意してエネルギーを一箇所に集めでもしない限り大したことはできん。無用な心配じゃ」
そう言い切ると忍は最近の違和感の正体が判ったと満足気に僕の影へ戻って行った。しかし忍のやつ随分と自信満々だったな。これはひょっとして事件が起こるフラグが立ったんじゃないか。


などという不謹慎な思いつきこそが真のフラグだった。後から思えば、あの事件が発生して僕がそれに巻き込まれることはこの瞬間に決まっていたのだ。




さていよいよ、事件の当事者である少女について話そうと思う。
彼女の名前は金比羅まりん。直江津高校の2年生だ。
僕が金比羅まりんのことを知ったのは、いよいよ夏も盛りの頃、もはや定例となった神原の部屋の掃除をしているときの雑談からだった。

「芸名はマリンちゃんって言うんだ。なんて可愛らしいんだろう!私ごときの語彙力で彼女のまさに神が与えたもうた可憐さを表現し尽くすことなんて到底できないが、やはり私ごときの理解力ではとうてい知悉できない理解力を持つ先輩なら、私ごときの拙い説明でも理解を得てくださると信じて話すのだが……」その日の神原はごときごとき(・・・・・・)と妙な喋り方をしていた。夏もまだまだ本番前とはいえこの暑さだ、多少頭がやられたのだとしても仕方がない。

僕は大げさかつ冗長な調子で少女を讃える神原のスピーチには耳を貸さずに部屋の掃除に集中しようとした。集中するといっても、部屋中に散らばってる青少年の心をかき乱す物品(肌色の多い表紙の本だとか白黒ピンク透け紐多様な布類)に集中しようというわけではない。
「CDの歌もいいけど、彼女の魅力はライブパフォーマンスにある。アレンジに合わせて歌い上げる表現力は高校生とは思えないほどだ!特に有名なのはスモークを炊いてる短い時間での早着替えで、私ごときの頭の中は彼女のあられもない姿で一杯になり......」

それにしても今日の神原はずいぶんとしゃべり続ける。語りにも一層の熱が入りもはや信仰告白と言っても差し支えなかろう(いささかピンク寄りであることには目を瞑ってやろう)。僕や戦場ヶ原以外のことをこれほど褒めちぎるのは珍しいので気にはなるが、いよいよ「ワタシゴトキ」が煩わしくなってきた。いっそ、辺りに散らかっているBL本や下着ごと消えてくれ。
「うまい!さすが阿良々木先輩、苛立ちをただ口にするかと思いきや、『ごとき』を潜ませてくるなんて!その辺の若手芸人が口走ろうものなら2度とテレビに出られないほど顔面をボコボコにしてやりたくなる位つまらないのに、アララギ先輩が言うとまた違った味わいが出てくる。尊敬の念が深まる一方だな!」
相変わらず丁寧失礼なやつである。今すぐこいつの顔をボコボコにしてやりたいところだが、変態レベルがカンストしている神原はそんな暴力をもプレイだと誤解しかねない。神原は噂に聞くマッゾ博士のようなドレッドノート級の超変態なのだ。
「しかし神原、同じ言葉も何回も使ったり同じ仕草を何度も褒めたりと今日はやけに妙な言葉遣いだったな。何かの心理学の実験を僕で試そうとでもしているのか?」
「阿良々木先輩を試すだなんてとんでもない。だがしかし、ふむ、流石は阿良々木先輩のご慧眼だな。偉大なる阿良々木先輩の御前に私は思考の一片から体の隅々まで曝け出すことに異論はない!」
「そんなことを大声で言うな!家族の方に聞かれたらどうしてくれるんだ!」
「先輩にだから明かすが、実は海の日にあるマリンちゃんのライブのチケットを手に入れたんだ。プラチナチケットだぞ?私ごときが手に入れてしまったというのも恐縮だが、再び生で彼女を拝謁する機会を賜ることが出来るなんて感激ものだ。来週のライブを思うと次々と彼女の姿が浮かび上がってきて、彼女の事以外は何も考えられなくなりそうだ(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)
「少しは話を聞いてくれ……しかし、そんなに魅力的なのか。その、まりんって子は」
この僕を差し置いて絶賛するほどに。
「先輩もまりんちゃんに興味を持ってくださったようで私はとてもうれしいぞ。それと誤解して欲しくないのだが、もちろん私は先輩たちが一番だと思っている。その証拠として私の処女を差し出そうではないか。さあ召し上がってくれ!」
「お前の気持ちはよくわかった!だから脱ぐな!はっきりと言っておくがこれは社交辞令じゃないからな!」

結果から言うと神原の布教は実を結び、神原が褒めちぎっては投げた少女、金毘羅まりんの名前は、大和撫子と呼ぶにふさわしい柔らかな笑顔だとか抜群の歌唱力だとかライブでの派手なパフォーマンスとかいった数々の賞賛の言葉と共に僕の脳へ刻み込まれた。今日だけで僕の脳みそは10%ほど皺が増えたに違いない。


美少女好きの神原がこれだけ絶賛するのだからさぞかし魅力的なアイドルなのだろう。しかし所詮は学生の身だ。体はまだ出来上がっていないし歌やライブのパフォーマンスだってその道のプロには劣るだろう。それに練習の時間だってそう多く取れる訳ではない。神原のおかしな態度が気にはなったが話半分で捉えておけばいいだろう――というのが、僕の正直な感想だった。


ところがこの約一週間後、神原が参加するというライブの当日に、僕は大変驚かされる事になるのだった。この日は羽川に勉強を教えてもらう約束があったのでいつもより早起きをしたはいいものの、いつもと違う事をしたところで急に勉強の習慣が身に付くはずもなく、小休止と称して何の気もなしにテレビを眺めていた。テレビでは誰だか知らないが『あの国民的アイドル』の特集番組が始まるところだった(まるで『あのDeathWaterさん』のような扱いだった)。
そのままテレビを眺めていた僕は次のシーンに唖然としてしまった。

「全国のファンのみんなー!みんなのアイドル、マリンちゃんでーす!今日はマリンの特別なライブがあるけど......みんな、来てくれるかなー?」
「うおーーー!!いくぜーーーー!!」
「応援してるよーーーーーーー!」
「まりんちゃーーーん!!こっちむいてーー!!」
「きゃーーーすてきーーーーー!」
「お姉さまーーーー抱いてーーーーーー!!」
なんと、金毘羅まりん改めみんなのアイドルマリンちゃんは全国級のアイドルだったのだ。学生でありながらこれほどのファンがつくというのはちょっと想像が付かない。それからテレビはどこかに集まっているファンの様子を映し始めたのだが、テレビに映るどのファンも全身にグッズを纏い目を血走らせている光景に、僕は思わずぞっとしてしまった。


「あーこいつ!金毘羅まりんってやつだろ!兄ちゃんもチェックしてたのか」
テレビを見ている間に大きい方の妹である火憐ちゃんがリビングへ降りてきていた。呆然としていたため火憐が降りてくるのに気が付かなかったようだ。
そんなことより、こいつは今なにか重要なことを口走らなかったか?
「火憐ちゃん、ひょっとして......っておい!なんて格好をしているんだ!危ないからやめなさい」
火憐ちゃんは最近バランス感覚を鍛えたいとか言って家の中で逆立ち生活を始めたことは前から気づいていたし、地面に近い位置から声が聞こえてきた程度ではいまさら驚くに値しない。しかし今の火憐ちゃんは、下着姿で片手で逆立ちをしながら空いた手に握りしめた歯ブラシをテレビに写る金毘羅まりんに向けているという、雑技団に即行でスカウトされそうなポーズを取っていた。
「お風呂上りだからといって下着姿で歩き回るのは兄として苦言を呈したいところだが今はそれよりも重要な事がある。火憐ちゃん、逆立ちしながら歯磨きをするのは危ないからやめなさい」
「えー、せっかく一石三鳥の訓練方法を思いついたって言うのに。それとも兄ちゃんが私の歯を磨いてくれるって言うのか?」
実の妹の歯を磨いてやるなんて、そんな破廉恥な真似をするやつは兄として失格だろう。
「......ちゃんと自分で磨きなさい。それより、火憐ちゃんはこの金毘羅まりんって女の子を知っているのか?」
「何だ兄ちゃん知らないのか。少し前から私たちファイヤーシスターズは、この金毘羅まりんってやつに目をつけてたんだぜ。いま説明してやるぜ」


僕の長い一日は、こうして始まった。

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